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源流なび Sorafull

人類誕生・NHKスペシャル⑵ネアンデルタール人の行方

  

240万年前にはホモ属(私たちホモ・サピエンスとそれにつながる種)がいて、いくつもの種が現われては消えていきました。そのうちのひとつであるサピエンスが現われたのはおよそ20万年前。この地球上には他の種とともにサピエンスが存在していました。ところがこの3万年ほどの短期間のうちに、気づけばサピエンスだけが生き残っているという、衝撃的な流れになっているのです。長い進化の歴史を見ていくと、これはホモ属の先細りとはいえないのでしょうか。そんな心配を抱えながら、ひと足先に消えてしまったネアンデルタール人について、NHKスペシャルに基づいて探ってみたいと思います。

 

ネアンデルタール人ってどんな人?

⑴ 筋骨隆々としたレスラー体型。マイナス30℃の寒さに適応するため胴長短足で、熱を生み出すための多くの筋肉を必要としました。色白で青い目の人もいたようです。(※写真はドイツのネアンデルタール博物館展示より)

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⑵ 脳はサピエンスより10%以上大きく、また骨格の構造上、話す能力があったようです。

⑶ 2年前、フランスのブルニケル洞窟から最古(17万年前)のストーンサークルが発見されました。入り口から300mも奥まったところに、400個ほどの鍾乳石を大小の円形に並べた謎の構造物です。

Nature ハイライト:ネアンデルタール人が作った古代の石筍サークル | Nature | Nature Research

その他の遺跡からもホタテ貝で作ったペンダントや鷲の爪で作ったブレスレットが出土しています。また動物の皮を加工するための道具(リソワール)を使って防寒着を作っていました。リソワールは今もエルメスの鞄職人が使っているそうです!

(★絵については番組では触れませんでしたが、今年2月にスペインの3つの洞窟の絵が6.4万年前!のものと発表され、年代からみてネアンデルタール人のものとほぼ確定しました。はしごや点で描かれた抽象的な模様や手形、簡単な動物の絵もあります。3.6万年前にサピエンスの描いたショーベ洞窟の壁画より遥かに古いのです。)

スペイン:最古6万年前の壁画 ネアンデルタール人作か - 毎日新聞

⑷ 狩猟は大型動物に武器を持って直接襲いかかる肉弾戦でした

⑸ 家族単位の小集団で暮らしていました。

 

最近の相次ぐ発見によって、従来想像されていたよりもはるかに知的で文化的だったことがわかってきました。肉体的にはサピエンスよりも寒さに強く勇猛で頑強です。

ではなぜサピエンスだけが生き残ったのか

その要因として、道具の進化と、集団の規模の違いがあげられます。

まず道具については石器で比較すると、ネアンデルタール人が25万年もの間作り続けたのは、変わり映えしない似たようなものであるのに対し、サピエンスは次々と新たな形を生み出しました。

サピエンスは4.3万年前にはアトラトルと呼ばれるてこの原理を利用した飛び道具(投げ矢)を使い始めます。(現代でもアラスカ先住民族が使っているそうですよ。)このアトラトルの発明によって離れた場所から狩りができるようになりました。大勢で笛を使って合図し合い、動物の群れに目がけて一斉に矢を放つ。自分の身は安全です。

この頃のサピエンスの遺跡をみると、集団は多いところで150人になります。ネアンデルタール人はずっと10数人の血縁のある家族だけで暮らしていました。

その後1~2万年のうちにサピエンスは次々と技術革新をして、やがて替え刃式の細石刃(長さ3㎝以下×幅数㎜のカミソリ刃)まで生み出します。

下の2枚の写真は大きさが比較しにくいですが、上の石器は縦5~6㎝、下の細石器が縦3㎝以下です。

ネアンデルタール人打製石器(剥片石器)

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サピエンスの打製石器(細石器)1.6万年前(新潟)

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北極圏、ロシアのヤナRHS遺跡(3.1万年前)では、永久凍土の中からマンモスなどの大量の骨とともにサピエンスの石器やアクセサリーなど10万点が出土しました。ネアンデルタール人のように寒冷地適応もせず、どうして極寒の大地に住むことができたのでしょう。

それは縫い針の発明でした。動物の骨でできたケースの中から、マンモスの骨で作られた縫い針が103本も出てきたのです。形は現在私たちが使っているものと同じです。大きさは5~10㎝。もちろん小さな針穴が空いています。これを使って毛皮を縫い合わせて防寒着を作ったのです。3万年前に。

以前の記事で紹介しましたが、道具の小型化、軽量化は移動する際に非常に便利です。北極圏ではマンモスを追って移動します。気候変動によっては長距離の引っ越しもやむを得ません。(北極圏から中国、日本列島、アメリカ大陸へ。)そんな時、重い石器よりも小さなカミソリ刃のほうがたくさん持ち運べますよね。このこともサピエンスが世界中へ進出できた理由かと思われます。

このような精密な道具を作るには、完成形をイメージしながら、たくさんの行程を経なければなりません。現代人で実験したところ、道具を作る時には脳のブローカ野という言語野が活性化します。脳の使い方として、道具を作るために手順を並べることと、伝えるために言葉を並べることは同じだそうです。つまり道具作りも言語も、目標に向かって順序立てて考えるという共通点があり、これらはともに進化してきたといえるようです。ネアンデルタール人も言葉を話せたようですが、ただ複雑化はしなかったため、道具も単純なものに留まったのではないかと。

次に集団の大きさと脳の違いについての研究によると、ネアンデルタール人の大きな脳は、後頭野の視力を司る部分が発達していて、暗闇や遠いところでもよく物が見えるように進化したそうです。一方サピエンスは社会的な関係性を司る前頭葉頭頂葉が拡大しています。集団の中で生きることができるように進化したのですね。集団が大きければ道具の革新も多くの人に広まり(情報の伝達、共有)、改良も進みます。

また生後1年未満の赤ちゃんに対する人形を使った実験があります。箱を開けようとしている人形に対して、邪魔をする人形と助ける人形のどちらを好むか試したところ、ほぼすべての赤ちゃんが、協力して助けることを好むという結果がでました。これは私たちはもともと、他者を助け協力したほうがよいという感覚をもっているということです。サピエンスは力は弱いけれど、協力的な性質という強みをもっているのです。弱いからこそ協力が欠かせないともいえますね。ここでも弱みから強みへの転換です。

3.5万年前のロシアのスンギール遺跡には400人の大集団が暮らしていたそうです。もう「社会」ですよね。この遺跡からは死者への埋葬品として世界最古の指輪や頭飾りなどが出土しており、すでに原始的宗教が始まっていたと考えられます。他にも同時代のフランスのショーベ洞窟には空想上の生き物を描いた壁画がみられ、これは儀式を行うシャーマンではないかとも言われています。宗教のように同じものを信じる力や連帯感が、大きな社会を生み出していったのではないか、と考えられています。

ショーベ洞窟壁画(3.6万年前。写真は通常の動物を描いたもの)

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道具作りと言葉の同時進化、そして集団を作って協力し合う特性、さらに情報やイメージの共有もできたことがサピエンスの生き抜く力となっていったようです。

 

ラストメッセージ

その後、ヨーロッパではハインリッヒイベントと呼ばれる気温の極端な乱高下が始まり、森は消え、生き物は激減していきました。そんな中、サピエンスは大集団同士の交流によって、遠く離れたものたちが食糧を分け合って危機を乗り切ったのだろうといわれています。こうしてしだいにサピエンスが生息域を増やしていく中、家族単位のネアンデルタール人は減少していきました。獲物も減り、大きな体を支えるための大量のエネルギーが確保できず、また狩りで命を落とすリスクもありました。助け合う仲間もいません。

ネアンデルタール人の終焉地は、ヨーロッパ南端のジブラルタルにあるゴーラム洞窟とされています。海の向こうにアフリカ大陸が浮かんでいます。2万数千年前、この洞窟の中に最後のネアンデルタール人がいたのかもしれません。4年前、ここで「ハッシュタグ」と呼ばれる謎の刻印が見つかりました。繰り返し石を削って刻まれたもので、意味も何もわかりません。最後のひとりが刻んだメッセージでしょうか。何を残そうとしたのでしょう。 

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石に刻まれた線だけを浮かび上がらせたもの。

 

その後、地球上の人類はサピエンスだけとなりました。体は弱くても道具を生み出し、協力し合う強みをもったサピエンスです。けれど1万年前のサピエンスの多くの頭蓋骨に、石の斧による穴が見つかりました。人類最初の戦争はサピエンス同士だったようです。生み出した道具が自分たちを傷つけました。

 

まとめ

ホモ属が地球に登場して240万年。いくつもの異なる種と共存しながら多様性が保たれていました。サピエンスはネアンデルタール人だけでなく、確認されているだけでもデニソワ人とも交配しています。そうやって遺伝子を複雑にしながら、環境への耐性を獲得してきたのでしょう。ところがこの短期間の間に生存者はサピエンスだけになりました。私たちが消えると人類は絶滅します。戦っている場合ではないのです。

数年前、ハーバード大学ジョージ・チャーチル博士が遺伝子工学の新技術によって、ネアンデルタール人のクローンを生み出す計画を発表しました。代理母を募集するというのです。倫理的、生物学的な問題と同時に、このような発想をするということがサピエンスなのかと、複雑な思いに駆られました。

完成形をイメージして手順を踏んで現実化していくというサピエンスの能力があるからこそ、私たちは今ここに存在しています。絶滅の危機を何度もくぐり抜けたサピエンスの力は、きっとこれからも発揮されることと思います。ただ、そこに地球が、宇宙が、この先もずっと寄り添ってくれるかどうかはわからないな、と思ったりもして。

 

さて、ネアンデルタール人の#ラストメッセージもまた、永遠に解読されることはありません。ですがこの体には彼らのDNAが受け継がれています。DNAに託されたもの。遠い遠い祖先たちのメッセージは、この命を今も支えてくれています。