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源流なび Sorafull

会稽東治の重み

会稽東治 ⇒ 東冶 三国志の各版本には、倭の位置を「その道里を計るに、当まさに会稽東治の東に在るべし」となっていますが、後漢書では「会稽東冶の東」と改定されています。その後の隋書、梁書は「会稽の東」、晋書は「会稽東冶の東」となっていて、三国志…

景初二年・ヒミコの決断

三国志の倭人伝には、邪馬壹国の女王が魏に初めて使者を送ったのは、景初二年と記されています。ところが後に景初三年の間違いとされ、今も一般的な見方となっているようです。 江戸時代以降、景初二年(238年)というのは魏と遼東の公孫淵が戦争中であるた…

東鯷人のゆくえ

漢の時代の歴史書である漢書と後漢書には、倭人と東鯷人について次のように書かれています。 漢書地理志、呉地「会稽海外、東鯷人有り、分かれて二十余国を為す。歳時を以て来り献見すと云う」 漢書地理志、燕地「楽浪海中、倭人有り、分かれて百余国を為す…

委面・異面・倭面土

前回の記事で、漢書の「楽浪海中倭人在り」に対して代々付けられた注を紹介しました。三国志の編者、陳寿の参照した漢書には、魏の如淳が付けた「墨の如く委面(入墨した顔)して、帯方東南万里に在り」という注が入っていたことになります。 陳寿は東夷伝序…

邪馬壹国から邪馬臺国へ⑵壹、委、倭

突然ですが、コンピューターは2進法の原理で成り立っていて、電気信号の on/off を1と0だけで使い分け、すべての情報を表現しているらしいです。詳しいことはわかりませんが、まるで陰陽の二元的世界の象徴みたいだなぁと思います。Yes/No、高/低、光/影…

邪馬壹国から邪馬臺国へ⑴

倭人の源流を探る中で、前回は古田武彦氏の書籍を参照しましたが、もうひとつ、非常に面白い古田説があります。 「三国志魏書の倭人伝に書かれているのは邪馬臺(台)国ではなく、邪馬壹国ヤマイコク、ヤマイッコクだ」 というものです。この説の存在は以前か…

倭人⑶東夷の舞

「昧まいは東夷の楽なり、任は南蛮の楽なり。東夷の楽を大廟に納め‥」《礼記、巻14》 倭人⑵でも紹介しましたが、周の第2代成王の補佐として王朝の基礎を築いたという周公が亡くなった時、成王が周公への恩とこれまでの功績を称え、天子を祀る礼式で代々祀り…

倭人⑵周王朝に鬯草を貢す

今回は倭人の居場所について考えてみたいと思います。 中国の史書で倭人について記した有名なものといえば、漢書地理志の「楽浪海中、倭人あり」でしょうか。もしくは前回紹介した三国志の「漢のとき朝貢するものあり」や後漢書に書かれている漢倭奴国王の金…

倭人⑴太伯の後と自称大夫

「SOMoSOMo」は、古代史を研究していた父のバトンを受け取る形で始まったと何度か書きましたが、今日は母の話を少し。 母は万葉集が好きで、故犬養孝氏(万葉学者)の万葉ハイキングへせっせと足を運んでいました。見向きもしなかった私に「あなたも中年にな…

倭人に迫る・九州西北部

(2019.3.17.一部改定) キーワードは「九州西北部」 少し前にNHKの「クローズアップ現代」という番組で、マッチョな弥生人の骨について紹介していました。今年8月、人類学者の海部陽介氏が、宮ノ本遺跡(長崎県佐世保市の高島)から弥生時代の全身骨格を発…

安曇磯良と五十猛⑻ 春日大社若宮と摩氣神社

今回、弓前文書を紹介しておりますが、このブログは出雲伝承を踏まえつつ古代史を探求していますので、私Sorafullのフィルターがかかることを避けられません。ですので興味をもたれた方は、前回記事でも紹介した原本を読んで頂くことをお勧めいたします。 弓…

安曇磯良と五十猛⑺ 鹿島香取と弓前文書

前回の続きです。 弓前文書については今後の検証が必要とは思われますが、まずは現段階で提示された内容をできるだけ偏見なく学び、それから各自がどう受けとめていくかだと思います。このブログにおいては私、Sorafullの研究資料として皆さんと共有したいと…

安曇磯良と五十猛 ⑹ 鹿島神宮・春日大社

鹿島神宮 中世に書かれた八幡宮御縁起によると「志賀島の明神、鹿島大明神、春日明神、すべて一躰分身、同躰異名」と記されています。八幡愚童訓や太平記では磯良は常陸の鹿島にいたとしています。中世に書かれたということは、記紀や鹿島、春日宮創建なども…

安曇磯良と五十猛⑸ 君が代から磯良舞へ[後半]

5)712年古事記の神話として綿津見神が記される。720年日本書紀では少童ワタツミ命、海神豊玉彦。800年には新撰姓氏録にて安曇氏の始祖を綿積豊玉彦とする。 正史に磯良は登場しませんが、ワタツミ神は安曇連の祖神とされ、新撰姓氏録には安曇氏の始祖とし…

安曇磯良と五十猛⑷ 君が代から磯良舞へ[前半]

初めに磯良の舞を紹介します。磯良舞については鈴鹿千代乃著「神道民俗芸能の源流」を参照します。 細男せいのう舞:春日大社、手向山八幡宮(奈良) 五十良舞:柞原八幡宮(大分) 鞨鼓かっこの舞:志賀海神社 傀儡舞(人形)の細男舞:古表神社(福岡)古…

安曇磯良と五十猛⑶ 鎮魂祭の神楽歌・あちめわざ

宇佐家に伝わるシャーマニズムについて、宇佐公康著「古伝が語る古代史」を参照しながら紹介します。 宇佐神宮 南中楼門 1928年撮影の本殿 「振る毎に一種ひとくさに拍手一ッ、息都鏡一ッ、辺都鏡一ッ、八握劔一ッ、生玉いくたま一ッ、足玉たるたま一ッ、死…

安曇磯良と五十猛⑵ 振魂命・建位起命・宇豆彦命

古代史好きの父の影響で、幼い頃より九州王朝という言葉に馴染んではいました。20年ほど前、古代より伝わるという筑紫舞に接したことがきっかけで、九州王朝の存在を少し意識するようになりました。最近になって出雲王家の伝承を知り、九州王朝とは中国から…

訂正のお知らせ&安曇磯良と五十猛⑴

先日、NHKーBS放送で「アメリカ 謎の古代遺跡」という番組があり、その中でアメリカ先住民であるプエブロ族を紹介していました。彼らはかつてスペインやアメリカによって、土地も言語も宗教も命も奪われたといいます。現在、ニューメキシコのタオス・プエブロ…

人類誕生・NHKスペシャル⑶日本へ

1年前の過去記事で、かつて日本列島にやってきた人たち(日本人の祖先)を、南方渡来と北方渡来にわけて詳しく紹介しました。 今回まとめているNHKスペシャルでは3回目の放送にあたります。 番組の前半は「海を渡ったのはサピエンスだけ」としてインドネシ…

人類誕生・NHKスペシャル⑵ネアンデルタール人の行方

240万年前にはホモ属(私たちホモ・サピエンスとそれにつながる種)がいて、いくつもの種が現われては消えていきました。そのうちのひとつであるサピエンスが現われたのはおよそ20万年前。この地球上には他の種とともにサピエンスが存在していました。ところ…

人類誕生・NHKスペシャル⑴700万年を辿ってみる

今回は出雲王国から離れて、久しぶりに地球史を書いてみたいと思います。 1年前に「DNAが語るホモサピエンスの旅」という記事の中で、私たちの祖先がどのようにアフリカから世界へ広がっていったのかをまとめました。 今年の春から初夏にかけて、NHKスペシ…

訂正のお知らせと新情報

先日、読者のP様よりご質問を頂き、調べていくうちに過去記事を訂正しなければならないと気づきましたので、取り急ぎお知らせ致します。 以下の記事の中で、曙立王を物部朝倉彦と書いておりますが、出雲伝承において同一人物ではないことがわかりましたので…

西宮えびす(西宮神社)⑶沖のえびすと三郎殿。えびす信仰について

沖ノ戎 おきのえびす 明治5年に現荒戎町より西宮神社境内に移された沖恵美酒神社です。南のえびす門を入って左手になります。 恵美酒エビスに「酒」の字が使われていますが、西宮は灘の酒の産地です。また事代主は三輪山でも酒の神として祀られています。な…

西宮えびす(西宮神社)⑵大国主西神社と百太夫神社

東側の表大門。通称、赤門。十日えびすの福男選びはこの扉が開いたらスタートです。境内図の右下にありますね。前回載せたえびす宮の門は中央手前の南門になります。赤門のほうが立派ですが、実は海に面した南門のほうが表だったそうですよ。 推定室町初期以…

西宮えびす(西宮神社)⑴ヒルコの神と西てふ神

前回の投稿から長らくのお休みを頂きました。 春よりライフスタイルの変化がありまして、まとまった時間を持てなくなっておりましたが、また少しずつ発信していこうと思っております。今後は不定期の投稿となりますが、よろしくお願い致します! なおコメン…

コメントについて

皆さまから頂いたコメントはすべて読ませて頂いておりますが、すぐに返信できない場合もございます。 こちらで対応できるご質問については、ブログ本文にてお答えさせて頂くつもりです。頂いたコメントが無表示のままとなりますこと、ご了承ください。 応援…

古事記と日本書紀~ふたつの影法師⑶

消された出雲王国 天武天皇の帝紀の編集に関わった忌部子人は、その経験から古事記の最初の部分を担当したようです。物部の時代から宮廷祭祀を担ってきた忌部氏は、日本の神々や神社に詳しく適任でした。もとは徐福の第2次渡来時にやってきた氏族なので、道…

古事記と日本書紀~ふたつの影法師⑵

斎木雲州著「古事記の編集室」「万葉歌の天才」を主に参照しますが、物語風に記されているところも多く、それが研究による推測であることも考慮し、そういった箇所は断定せずに紹介していきたいと思います。 天武天皇による帝紀の編集 天武10年(683年)に帝…

古事記と日本書紀~ふたつの影法師⑴

通説では中大兄皇子(天智天皇)の時代、乙巳の変において蘇我入鹿が自宅に火を放ち自害した際に書庫も炎上し、天皇記などの歴史書が焼け、残った国記だけが天皇に献上されたといわれます。その後の壬申の乱によって天武天皇が即位し(673~686年)失われた…

【告発書】かぐや姫の物語に託されたもの⑵

5人の貴族とそのモデル 石作イシヅクリの皇子⇒石作氏は丹比氏と同族⇒丹比真人島 庫持クラモチの皇子⇒車持与志古娘の息子がのちの右大臣・藤原不比等 左大臣・安倍御主人ミヌシ⇒大納言・安倍御主人 大納言・大伴御行ミユキ⇒大納言・大伴御行 中納言・石上麻…